代表挨拶

ここではラーメン一翔の誕生からこれからの会社、新店舗に対しての思いを

代表取締役 西嶋裕之が自分の人生の歩みを含めて

関わった全ての方、仲間への感謝の気持ちを書かせて頂きます。

そして弊社のスタッフとして興味を持って頂いている方に向けての

メッセージになればと思っております。

 

最後まで読んで頂けたら幸いです。

 

 

1.起業までの生い立ち

 

山口県下関市で4人兄弟の長男に生まれました。実家は神社で父は神主と建設設計会社を経営する家庭で育ちました。小さい頃は目立ちたりがりやでしたが気の小さな少年だったと記憶しております。そんな少年ですがラーメンは大好きで小学生の頃から一人で食べに行ったりしておりました。今でも現場でお子様を見ると懐かしくなり、「良きラーメン屋さんになりなさい」なんて勝手に思ったりしてます(笑)その後中学生でギターに出会い中学校卒業と同時に地元を離れミュージシャンを目指し東京に上京しました。

 

今考えれば右も左もわからない大都会に山口の片田舎からよく上京したなと思います。

「東京に行ってみたい」との気持ち一つで飛び出したと記憶しています。

その時に反対もせず見送ってくれた父に今はとても感謝しています。後に父から聞いた話ですが、亡き母は上京に猛反対で口も聞いてくれなかったようです。父も内心は穏やかでは無かったと思います。

 

この後の10代、20代の出来事は人様にお話できない恥ずかしい話などが沢山ありますので割愛致します。(汗、笑)

お伝え出来る範囲だと音楽活動の活動の傍ら様々な飲食店でのアルバイトなどを経験しました。

中でも水商売歴は長く厳しい事も多々ありましたが、良き思い出でもあります。接客の楽しさなどを学べた事は今も間違い無く生かされています。

 

 

2.ラーメン道へ

 

ラーメン道に入ったのが30歳の時でした。当時ラーメンを食べに行くのは大好きでしたが、「自分が作ることはないな」と思っていました。しかし音楽活動の収入だけでは生活が困難だったため、近所で軽い副収入位の感じで始めたのがきっかけでした。

東京の渋谷区にある横浜家系ラーメン店です。現在も全国に何十店舗も経営されている大きな会社です。

この店舗でアルバイトからスタートして社員になり副店長になるまで約5年間働かせて頂きました。音楽活動も忘れて・・・

★詳細に関しては又別の機会に。

 

 

3.仙台への出店

 

何故仙台に出店したんですか?とよく皆様に聞かれます。

様々な理由がありますが、一番は震災の件です。当時東京での修業中に起こった出来事で、ブラウン管を通じて見ているだけで何も出来ない自分にもどかしい日々を送っておりました。

 

自分に何か出来る事は無いのか?

そんな事を思いながら仕事をする中で、独立して仙台で出店することで何らかのお役に立てるのではないかという気持ちが芽生えてきました。

そしてラーメン師匠とお呼びさせて頂いている須藤様(現在東京の御茶ノ水で万来之陣さんというお店を経営されている)に相談した所、「まだ東北は家系ラーメンが比較的少ないし、被災者の方や復興に何らかの形で役に立てるかもしれない為良いのではないか」とのお声も頂き、所縁の無い土地ではございましたが仙台で商売をさせて頂く事に決めました。

 

 

4.荒町本店

 

平成23年10月横浜家系ラーメン一翔 荒町本店!満を持してのスタートです。

オープン当初は物珍しさもあり結構繁盛させて頂きましたが、月日が経つにつれてお客様の数も減り一時は大変な時期もあった事を今も明確に記憶しています。

しかし少ないお客様の中にも「ありがとう、美味しかったよ、又来るね」「何で美味しいのにお客さんこないんだろうね」(笑)など大変心強いお声も頂きました。

当時本当に嬉しくて有難くて、よく我如古翼君(現在荒町本店店長)と二人で「泣きそうになるね」なんて言いながらその時期を乗り越えて来た事を覚えています。

 

ちなみに現在荒町本店では我如古翼君が若干23歳の若さで店長を務めてくれております。東京の修行時代から5年間私に付いて来てくれており大変感謝しています。

その後お店がようやく軌道に乗り始めたのはオープンより2年位経った時でした。

その頃に鷲尾君が新たな仲間として加わりました。​(その後素晴らしい成長を遂げ現在では南仙台店の店長を務めて頂いております。)

元々は常連のお客様だったのですが、私が口説き落としました(笑

 

素晴らしいスタッフ達と働いている中しばらくすると2号店を作りたいと思い始めました。

荒町の横浜家系ラーメンはお陰様で沢山の方々に喜んで頂けるようになりました。そこで仙台で新たな味にチャレンジしたいと思い出来た店舗が2号店になる仙台家系ラーメンでした。

 

 

5.仙台家系ラーメン(南仙台店)

 

平成26年5月オープン

当店のコンセプトは「より多くの仙台の方に家系ラーメンの良さを知って頂く!」ことです。

その第1弾として開発したのが仙台家系味噌ラーメンでした。ここ仙台は味噌が有名な地域でお客様からのご要望も多かったため面白いと思い作りました。結果販売開始と同時に当店の主力商品の一つに加わりました。

 

第2弾は本格中華メニュー

次に美味しく低価格な中華メニューの提供を開始致しました。このメニュー及び料理指揮をして頂いてる岩渕さんは、元々錚々たる有名ホテルや料理店で働かれていたキャリア30年の中華一筋の素晴らしい料理人です。

他現在は若き愛知県出身のイケメン二人が先頭になり現在日々頑張ってくれております!

 

 

6.一翔INFINITY株式会社設立

 

平成26年11月今後の展開への迅速化、パートナーの福利厚生、社会貢献への一歩として法人化致しました。

 

 

7.鯛出しそば 磯ノ宮

 

3号店となる新店舗はあえて既存の家系ラーメンではなく鯛出汁に挑戦致しました。

何故、鯛出しそばなの?

仙台でお店を経営させて頂き5年近く経っておりました。そんな中改めて気になる事がありました。それは味覚は十人十色だということです。既存の家系ラーメンは動物性のスープが主役なため苦手だという方がいらっしゃるのです。

「豚骨」や「こってり系」はちょっと苦手など・・・

 

私の商売の理念の中に「老若男女皆様に喜んで頂ける物を作りたい」と言う思いがあります。それを実現する為、試行錯誤を重ねて生まれたラーメンが今回の鯛出しそばになります。

完成した時には「これだ!」って気持ちになりました(笑

 

そして新店舗店主になる高橋さん

仙台の数々の有名店で働かれて来た実績を持つ和食歴数十年の素晴らしい方です。

ご縁があり、新ブランドの第一号店目としてご一緒にさせて頂く事になりました。

素材から材料(無化調)まで拘わり抜いて、私達に出来る全ての力を注ぎ込んだラーメンを完成させました。

 

今後も更なるチャレンジを繰り広げて行きたいと思っております。

 

 

関わる全ての皆様へ

 

こんな私ですが皆様のお陰で、日々本当に楽しく仕事をさせて頂いております。

そして様々な方々との出会いや繋がりに心より感謝致します。

今後共、何卒宜しくお願い致します。

 

 

弊社に興味を持って頂いた方へ

 

現在に至るまで本当に色々な事がありました。嬉、悲、出会い、別れ、善、悪、など色々な感情に囚われる事も多々ありました 

が‼︎

一つ分かった事があります!!

起こる出来事全て自分自身が創って来た世界だということです。悪い出来事も誰かのせいではなく自身が蒔いた種であり、捉え方次第で良い方向に向かいます。

起業しその事に気付いた時、自分自身の中で新たな変化がありました。

新たな事にチャレンジしたい方、環境の変化を求めている方、今の自分を変えたい方、共に頑張りませんか?

 

社訓

自分らしく

楽しく

良き仲間と

志し高く

社会に貢献する

 

更なる出会いを今後の楽しみに・・・

 

 

今回はこれまでとさせて頂きます。

長くなりましたが最後までお読み頂き有難うございます。

この文を読んで頂いた方の心に少しでも留まれば幸いです。

 

一翔INFINITY株式会社

代表取締役

西嶋裕之 拝

 

※尚この続きなども新店舗開店等随時更新させて頂きますので宜しくお願い致します。

 

【ホンマルラジオ】かんちゃんの選ばれるリーダーチャンネルに出演させていただきました。

ラーメンや会社への思いを語っております。

↓↓↓良かったら聞いてみてください。↓↓↓

http://www.honmaru-radio.com/kanchan0003/

 

代表

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